歴男マイケルオズの「思い入れ歴史・人物伝」

戦国や幕末・維新を中心に古代から現代史まで、主に「人物」に視点を置きながら、歴史好きのオヤジが思いつくままに書いています

戦国時代

歴史・人物伝~戦国の世を駆け抜けた風雲児「織田信長」のnoteマガジンを作りました

note版の歴史・人物伝で、織田信長編を2本書いてきましたが、それを一括してマガジンにしました。興味のある方は、ぜひご覧ください note.com 第1編は「若き信長編」全10話で、信長が家督を相続してから尾張一国を平定するまでの様子を様々なエピソード…

歴史・人物伝~信長飛躍編⑩~⑮「足利義昭を奉じて上洛へ」

noteで連載中の「思い入れ歴史・人物伝~信長飛躍編」で、上洛への道について紹介しました。note版の⑩~⑮を一括掲載いたします。 足利義輝の悲劇と足利義昭の流浪 足利義昭と織田信長の歴史的対面 上洛の関門となる近江を制する 三好三人衆を各個撃破してい…

歴史・人物伝~信長飛躍編⑥~⑨「じっくり時間をかけて美濃を攻略」

noteで連載中の「思い入れ歴史・人物伝~信長飛躍編」で、美濃攻略について紹介しました。note版の⑥~⑨を一括掲載いたします。 斎藤道三戦死後の美濃はどうなっていた? 小牧山を美濃攻略の拠点に 信長公記に記された前田利家 7年がかりで美濃を攻略 斎藤道…

大河ドラマ「麒麟がくる」についての感想

大河ドラマ「麒麟がくる」が、昨夜の放送で最終回を迎えました。このドラマがスタートした時から、最終回は「本能寺の変」だと分かっていましたので、どんな描かれ方をするのかに注目していたのです。 改めて本能寺の変について紹介すると、天下統一にばく進…

歴史・人物伝~信長飛躍編①「信長とはどんな人物か?」と聞いた武将

note版「思い入れ歴史・人物伝~信長飛躍編」を執筆中です。前回まで桶狭間の合戦について書いてきましたが、次は美濃攻略の話に進んでいます。 順番が前後しましたが、信長飛躍編①「信長とはどんな人物か?」と聞いた武将、を掲載いたします。 rekishi-jinb…

歴史・人物伝~信長飛躍編②~⑤「世にその名を知らしめた桶狭間の合戦」

noteで連載中の「思い入れ歴史・人物伝~信長飛躍編」で、桶狭間の合戦について紹介しました。note版の②~⑤を一括掲載いたします。 桶狭間の合戦は信長の「逆転劇」ではない 大高城を巡る攻防戦 桶狭間の合戦に向けた信長の軍略とは 明暗を分けた「戦いへの…

note版「歴史・人物伝」執筆再開

「思い入れ歴史・人物伝」の2021年執筆をnote版にて再開いたします。当面、ブログでは、note版の「歴史・人物伝」より記事を数本程度まとめて掲載させていただく形を継続したいと考えています。 note版本年第1弾は、戦国武将の織田信長を取り上げます。…

歴史・人物伝~謙信の戦い編番外コラム4本

歴史・人物伝~謙信の戦い編の番外コラムをまとめて掲載しました。 描かれた上杉謙信①大河ドラマ「武田信玄」 描かれた上杉謙信②大河ドラマ「風林火山」 描かれた上杉謙信③大河ドラマ「天地人」 上杉謙信は酒が唯一の楽しみだった? 描かれた上杉謙信①大河ド…

歴史・人物伝~謙信の戦い編⑫~⑯「合戦を通して上杉謙信を語る」

群雄割拠した戦国時代にあって、領土欲にとらわれず、義や権威を重んじながら戦いを続けてきた上杉謙信。その軍団は士気が非常に高く、戦国最強クラスとまで言われました。義の武将・謙信の生涯について「合戦」を通して紹介します。 note版「思い入れ歴史・…

歴史・人物伝~関ケ原編番外コラム3本

note版「思い入れ歴史・人物伝~関ケ原編」の番外コラム3本を掲載いたします。 大河ドラマ「葵徳川三代」のこと 「葵徳川三代」とは ドラマの特徴は 関ケ原の合戦の布陣を考える 関ケ原を歩いてみる 西軍有利の布陣だったが・・・ 西軍勝利をシミュレーショ…

歴史・人物伝~関ケ原編⑮~⑳「関ケ原の戦い、勝者と敗者の人物群像」

全国の諸大名・武将を巻き込んだ戦国最大の騒乱「関ケ原の合戦」。徳川家康が勝利し、石田三成や毛利一族らの西軍が惨敗したのは、なぜだったのでしょうか? note版「思い入れ歴史・人物伝」~関ケ原編の⑮~⑳をブログで一括掲載します。 徳川家の面目を保っ…

歴史・人物伝~関ケ原編⑨~⑭「関ケ原の戦い、勝者と敗者の人物群像」

全国の諸大名・武将を巻き込んだ戦国最大の騒乱「関ケ原の合戦」。徳川家康が勝利し、石田三成や毛利一族らの西軍が惨敗したのは、なぜだったのでしょうか? note版「思い入れ歴史・人物伝」~関ケ原編の⑨~⑭をブログで一括掲載します。 「豊臣家は自分が守…

歴史・人物伝~関ケ原編⑤~⑧「関ケ原の戦い、勝者と敗者の人物群像」

全国の諸大名・武将を巻き込んだ戦国最大の騒乱「関ケ原の合戦」。徳川家康が勝利し、石田三成や毛利一族らの西軍が惨敗したのは、なぜだったのでしょうか? note版「思い入れ歴史・人物伝」~関ケ原編の⑤~⑧をブログで一括掲載します。 大軍勢を相手に壮絶…

歴史・人物伝~関ケ原編①~④「関ケ原の戦い、勝者と敗者の人物群像」

全国の諸大名・武将を巻き込んだ戦国最大の騒乱「関ケ原の合戦」。徳川家康が勝利し、石田三成や毛利一族らの西軍が惨敗したのは、なぜだったのでしょうか? note版「思い入れ歴史・人物伝」~関ケ原編の①~④をブログで一括掲載します。 関ケ原の合戦とは、…

戦国武将・福島正則の生涯に思うこと

noteより、歴史・人物伝~雑感編「戦国武将・福島正則の生涯に思うこと」を掲載します。 私事ですが、新卒から同じ会社でずっと働き続け、そのゴールが近づきつつあります。ある時、ふと一人の戦国武将を思い浮かべました。豊臣秀吉の重臣にして、徳川家の世…

「麒麟がくる」放送再開(8月31日、9月1日の記事)

大河ドラマ「麒麟がくる」について書きたいと思います。 光秀の生涯を池端俊策さんが描く 今後の光秀がどう描かれるか? 光秀の生涯を池端俊策さんが描く 新型コロナウイルスの影響で撮影ができず、大河ドラマが約2か月間放送中断する事態になりましたが、…

歴史・人物伝~信長編⑥~⑩「信長公記に見る若き織田信長」

織田信長が家督を相続し、尾張一国を統一するまでの青年期について、エピソードや取り巻く人々を交えながら紹介したnote版「思い入れ歴史・人物伝」~信長編の⑥~⑩をブログで一括掲載します。 「大うつけ」の器量を見抜いた道三 「大うつけ」の姿のままで・…

歴史・人物伝~信長編①~⑤「信長公記に見る若き織田信長」

織田信長が家督を相続し、尾張一国を統一するまでの青年期について、エピソードや取り巻く人々を交えながら紹介したnote版「思い入れ歴史・人物伝」~信長編の①~⑤をブログで一括掲載します。 信長の一代記を書いた男 「信長公記」を書いた太田牛一とは あの…

「関ケ原の合戦①」戦国時代~石田三成の西軍に勝ち目があったとしたら

関ケ原布陣図 日本史上屈指の内戦でもある関ケ原の合戦は、徳川家康が天下取りをするための最後の大戦(おおいくさ)でした。数に勝る西軍を撃破できたのは、家康方の巧みな調略が物を言ったわけですが、もちろん西軍にも十分勝ち目があったと私は思います。…

「徳川家康④」戦国時代~天下分け目の決戦は大博打だった

関ケ原の家康本陣跡 豊臣秀吉の死後、天下取りのチャンスが巡って来た徳川家康は、豊臣家臣団の分断につけ込んで自派(東軍)を形成します。石田三成らの挙兵を受け、上杉討伐から反転して西へ向かい、三成、宇喜多秀家、大谷吉継ら西軍との決戦に挑みます。…

「徳川家康③」戦国時代~辛くも危機を脱出した神君伊賀越え

家康が訪れていた堺 織田信長の招きで京都や堺の見物に訪れた徳川家康と主な家臣たちは、堺で予想外の事態に直面します。信長・信忠親子が明智光秀に討たれた本能寺の変の勃発です。一度は自刃を口にしますが、本田忠勝らの説得で虎口を脱する決断をしました…

「徳川家康②」戦国時代~命からがら城に逃げ帰る・三方ケ原の合戦

三方ケ原合戦の直後に武田軍に奇襲をかけたとされる犀ヶ崖の戦いの碑(浜松市) 戦国大名・徳川家康として初めて、命の危機にさらされた戦いが「三方ケ原の合戦」でした。戦国最強と言われた武田信玄が、家康の居城がある浜松城近くまで大軍を率いて向かって…

「徳川家康①」戦国時代~命の危機を何度も乗り越えた天下人

徳川家康像(静岡市) 当ブログでの人物紹介50件目は、歴史上で最も有名な人物の一人、徳川家康の登場です。事績について紹介するまでもありませんので、ここでは家康が迎えた「命の危機」にスポットを当て、何回かに分けて書いてみたいと思います。 家康…

「帰蝶(濃姫)①」戦国時代~信長の妻でありながら実像は不明

濃姫のラッピングバス(岐阜市) 織田信長の父・信秀が、美濃と尾張の政略結婚として斎藤道三の娘を信長の妻に迎えたことは、よく知られた歴史の事実です。しかし、その娘については当時の史料にほとんど登場せず、どんな生涯だったのかも分かっていません。…

「織田信雄①」戦国時代~凡庸と言われても信長の血統を残した武将

本能寺の変の当時、信雄がいたとされる安土城址 織田信雄は織田信長の子であり、嫡男の織田信忠とは母親が同じきょうだいになります。つまり、本能寺の変で父、兄が討たれたことで、織田家の有力な後継者になり得たのですが、そうならなかったことは後の歴史…

「織田信忠①」戦国時代~武田攻めの総大将を担った信長の後継者

勝頼最後の戦いとなった鳥居畑古戦場(甲州市) 織田信忠は、織田信長の嫡男として早くから後継者に据えられてきました。本能寺の変で信長が横死し、ちょうど京都に滞在していた信忠も、明智光秀の軍勢によって自害に追い込まれてしまい、織田家の運命を変え…

「豊臣秀長①」戦国時代~秀吉の天下取りを支えた裏方役

日吉丸(秀吉)と仲間たちの群像(名古屋市中村公園) 豊臣秀吉は小者として織田信長に仕え、類まれなる英知と働きぶりで大出世を果たし、信長横死後は天下取りへと突き進んで、ついに天下人になります。その秀吉が、自身の右腕として絶大な信頼を寄せていた…

「長篠の戦い②」戦国時代~織田・徳川軍は、なぜ大勝利したのか?

再現された馬防柵(新城市) 織田信長と徳川家康が、強敵の武田勝頼を徹底的に叩きのめし、戦国史のターニングポイントとなった長篠の戦い。信長の生涯を記録した「信長公記」の記述からも、信長が並々ならぬ決意で決戦に臨んだことがわかります。 信長は「…

「長篠の戦い①」戦国時代~家康と信長にとって命懸けの戦いだった

長篠城 織田信長・徳川家康連合軍と武田勝頼軍が激突した長篠の戦いは、戦国時代の中でも大きなターニングポイントとなった合戦です。信長・家康軍はほぼ無傷だったのに対し、勝頼軍は甚大な犠牲者を出し、明暗がはっきりと分かれました。 私は、信長と家康…

「長宗我部盛親①」戦国時代~大阪の陣で一矢報いるも悲運の人生

大坂夏の陣の長宗我部物見の松(八尾市) 長宗我部盛親の父親である長宗我部元親は、一時的ではありましたが四国全土を制覇した猛将として知られています。元親は嫡男の信親に期待をかけていましたが、九州での戦いで信親が戦死してしまい、後継者に選ばれた…