大河ドラマ「豊臣兄弟」は、ここ2回ほど、羽柴秀吉の播磨攻略、三木城合戦そして荒木村重謀反と、織田対毛利(大坂本願寺)の構図のなかで奮闘する羽柴軍が描かれています。
本日のコラムはストーリーや歴史背景などから離れ、過去の大河ドラマと比較しながら、戦国大河である「豊臣兄弟」全般の感想について、少々私見を語らせてもらおうかと思います。

そもそも、大河ドラマはあくまでも「ドラマ」であり、そこには作り手である脚本家や演出者のフィクションがあるのが当然だし、史実に合っていないからといって全て否定するものではありません。
「豊臣兄弟」では羽柴秀長を主人公に据えています。秀吉の弟でありながら、ほとんど人物像は知られておらず、作り手としてはフィクションを盛りやすい主人公だろうと思われます。
ただ、主要登場人物である秀吉はあまりにも有名過ぎますし、太閤記で英雄伝説が語られてきた人物。史実や太閤記とかけ離れたよう人物像には描きにくく、今回のドラマでもある程度制約されるのはやむを得ません。
2024年の「光る君へ」、25年の「べらぼう」と比べると、それがよく分かると思います。
「光る君へ」の主人公・紫式部は、源氏物語こそ有名ですが、その生涯も人物像もほとんど分かっていません。藤原道長との関係もよく分からず、そこにフィクションの入る余地がありました。
「べらぼう」に至っては、大河ドラマでは過去に描かれなかった江戸時代中期の話だったことに加え、主人公の蔦屋重三郎そのものがほぼ無名の人物だったので、フィクションを描きやすかったでしょう。
一方で「豊臣兄弟」は、戦国時代から天下統一へと向かうよく知られた時代であり、主要登場人物も豊臣秀吉、織田信長といった超有名武将ばかり。一家言持つ歴史ファンも前2作とは比較になりません。
例えば第17話での武田信玄の餅を喉に詰まらせた死の描写や、一人で腹を切った浅井長政の介錯をお市がする場面などには、多くの視聴者から「フィクションが過ぎる」との批判コメントが殺到していましたね。
個人的には「ライトな戦国大河だな」という印象を持っています。23年大河の「どうする家康」も似たような印象でしたが、これが今の作り手さんのトレンドなのかなとも思っているところです。
その点、20年大河の「麒麟がくる」は、どちらかというと昔の大河に似た重厚さが目立ったドラマでした。だからといって「葵徳川三代」のような大河が今のトレンドに合うかどうかは分かりませんけどね・・・
ともあれ、次回以降もしっかり視聴し続けたいと思います(笑)
★丁寧に歴史を追求した本格派の戦国WEBマガジン「戦国ヒストリー」にて、ユーザー投稿で執筆中。よかったらご覧ください。
【新着】室町最後の将軍・足利義昭こそ、織田信長最大の敵だった?

