大河ドラマ「豊臣兄弟」の7月12日放送は、ドラマの大きなクライマックスとなる「本能寺の変」が放送されました。言うまでもなく、織田信長が明智光秀の軍勢に殺害された事件ですね。
今回の本能寺の変の描かれ方については、さまざまな意見があろうかと思いますが、そこには触れず、本能寺の変という日本史上屈指のクーデターの意味について私なりに考察させていただきました。

まずは本能寺の変をクーデターと表したことに異論もあろうかと思われますが、明智光秀が織田政権のトップ及び後継者(信忠)を亡き者にしたという点で、政権簒奪の意図が少なからずあったのではと私は考えます。
光秀の真意は歴史の闇の中にあり、後世に生きている私たちは残された史料等から推測することしかできません。ただ、確実に言えるのは「その後の歴史が大転換した事件」だったということでしょう。
過去にも最高権力者たる将軍が暗殺される事件は起きています。鎌倉時代の源実朝暗殺や室町時代の足利義教、さらに戦国時代にも足利義輝が殺されていますが、これらは本能寺の変とは決定的な違いがあります。
それは「将軍暗殺が歴史の大転換点になっていない」ということ。例えば源実朝暗殺では源氏将軍こそ途絶えましたが、執権北条氏を中心とした政権の構図がひっくり返ったわけではありません。
ところが本能寺の変は、信長と信忠が殺されたことにより、この先の政権の行く末が誰にも分からなくなったわけです。これは、結果として天下統一の後継者になった豊臣秀吉すら、変の直後はそう思っていたでしょう。
クーデターを果たした明智光秀が朝廷(天皇)を掌握して政権を握った可能性もありましたし、織田家の内部抗争で織田信孝と柴田勝家が実権を握る可能性だってあったわけですよね。
さらに言えば、織田家が内紛状態になったことで、戦国時代がさらに混沌とした挙句、徳川家康が史実よりも早く天下を取ったかもしれませんし、毛利氏や島津氏らにも天下取りの芽があったかもしれません。
本能寺の変が起きなかったり、信長が逃げきれていたりしたら、おそらく織田政権は信長の元でさらに強固なものになっていたと思われます。その意味でも「信長がこの世から消えた」ことは極めて重大だったのです。
さあ、大河ドラマ「豊臣兄弟」も次回7月19日からは新たなステージへと突入します。豊臣秀吉・小一郎秀長がどのように天下取りを目指していくのか、それがどう描かれるのか、注目していきましょう!
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